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Q.突然の質問で大変失礼申し上げます。中小企業診断士の合格者である先輩としてアドバイスをいただけないでしょうか、長文になりますが、どうぞ宜しくお願い致します。中小企業診断士1次試験に不合格になりました。 自己採点結果は以下の通りです。来年への指針になるものをいただけましたら幸甚です。 平成28年度中小企業診断士1次試験(自己採点、診断士協会の解答による。) 経済学・経済政策 52点 財務・会計 68点 企業経営理論 45点 運営管理 52点 経営法務(昨年度合格により、科目免除) 経営情報システム 52点 中小企業経営・政策 61点 マークミスがなければ、財務と経営・政策の科目合格となり、来年、経済学、経営理論、運営管理、経営情報システムの計4科目を受験して1次試験突破を目指します。 以下の質問をさせて頂きます。 1、経済学について、外部不経済(私的限界費用・社会的限界費用曲線)と屈折需要曲線の問題で、グラフを読み解くことが出来ませんでした。過去問とグラフの形状が大きく変わると、正解出来なくなります。どのような対策を立てたらベストでしょうか、おすすめの問題集、予備校の講座がありましたら御紹介下さい。 2、企業経営理論について、過去問、TACの養成・完成答練、模試だけでは不十分なのでしょうか、見たこともない問題が、あまりも多いです。問題演習を多くすることが点数に結びつくのでしょうか、未知の問題が出たときに、選択肢を絞るコツ、テクニックがあれば教えていただけないでしょうか 3、運営管理について、知識問題については過去問、答練で何とかなりそうなのですが、資料問題(図、表等が与えられ、計算させる問題)が全然出来ませんでした。資料問題11問中、正解5問です。本当に理解出来たのは3問で、このような問題の対応力をつけたいのですが、これについても問題演習が少なかったのでしょうか、過去問、TAC答練、模試等のひと通りは勉強してきたつもりです。今年度の運営管理については、過去問では全く対応出来ませんでした。 4、経営情報システムについて、最新の情報、未知の問題ばかりで対応出来ませんでした。どのようなところから、最新知識を仕入れ、点数に結びつけたらいいのでしょうか、予備校に頼っているだけでは合格出来ないような気がします。 5、最後に、選択肢を2つまで絞れて不正解になった問題もあります。過去問の知識を総動員しても選択肢を切れませんでした。特に今年度の企業経営理論は、選択肢の肢が5つある問題が13問あり、難易度が上がったような気がします。本来は55点は獲得する実力はついていたと思います。現在、TACの基礎講義(DVD、基本テキスト、トレーニング問題集、答練、模試)、同友館の過去問マスター(領域別問題集)を使用して学習しています。他に取り入れた方がいい教材、学習の進め方がありましたら教えていただけないでしょうか 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

A.こんにちは 非常に惜しい結果でしたね。「戦略」さえ間違えなければ次回は大丈夫かと思います。 幸い企業経営理論、運営管理、経営情報の3科目の得点は学習量に比例するかと思いますので、こちらを集中的に学習されるのが良いかと思います。 またこちらの3科目は2次試験の論述に直結しますので、少し2次試験のイメージなどもしながら取り組まれるとシナジーがあって良いかと思います。 難しいのが科目合格の「戦略」で来年どの科目を受けるか?です。もし得意科目があって、ある程度合格点を取れるようでしたら免除せず得点稼ぎのために再受験するというのも手です。今の得点水準まできていると1点を積み上げることが特に有効ではないかと思います。 個人的には予備校、問題集とも1次についてはTACが優れていると思っています。これは例えば比較的小規模なところの問題集などは個々の診断士の方が問題を作られているものが非常に多いため良問もあるが、首をかしげるような問題もあり、質・内容・範囲ともに偏り、ばらつきがあったりもします。 メインはTAC+過去問が良いかと思いますが、ある程度深いところまで分析しようとするのならば、試験委員の方の著書を読んでみるというのも良いかと思います。どうしても試験委員の方は自分の専門分野のマニアックな問題を出題しようとする意図は働いてしまうのかと思います。 科目別の対策ですが、 1.経済学については、正直かなりの難易度の問題が混じっています。上述の様なマニアックな問題についてはあまり時間をかけずに、基本的な経済システム、時事について深く理解されるのが良いかと思います。 2.企業経営理論については確かに過去問の流れを見ていると近年難しくなっていると感じます。特に問題文の日本語が難しく、あの短い時間で問題を正しく理解することさえ困難になってきているように感じます。しかし、この科目は今後、診断士として活躍されようとするのなら十分すぎるくらい時間をかけても無駄になりません。3.運営管理についても全く同じことが言えます。資料問題についても、もっとベースとなる知識・理解を積み上げておけばそれほど悩むものではないはずです。 4.経営情報システムについては、多少なりともプログラムをいじったことがある方であればそれほど悩む科目でもないのですが、もし網羅的に学習されようとするのであれば基本情報技術者の午前問題をやっておいてもよいかも知れません。確かに診断士用のテキストでは浅すぎると思います。 5.残念ながら2択の見切り方を覚えたところで何の役にも立ちません。誰でも2択を取りこぼすことは少なからずあります。解決策は良質な学習量だけです。まだまだ学習時間・内容(質)ともに十分で無いと思います。 学習教材については、いろいろな方に聞いてみると良いかと思いますが、合格者の大半はいろいろな教材に手をつけません。私は今選ばれている教材で良いのではないかと思います。 幸い企業経営理論と運営管理はどれだけ学習しても損はありませんので、この一年で徹底的にマスターしてください。合格すれば明るい未来が待っていますので是非がんばってください! 長文失礼しました。


Q.何故広島県及び広島市、さらにはマスコミや経済同友会等は、宇品にサッカースタジアムを建設したいのでしょうか?率直に、何のメリットがあるのですか? 市民球場跡地も土地の掘り込みを行わ なければ、宇品より安いと出ている。それに、エディオンも30億出すと言っている。普通に考えれば市民球場跡地で即決だと思うのですが、何故そこまでして立地が悪く反対も多い宇品のみなと公園に建てたがるのでしょうか? 市民球場に文化施設を作りたい、文科系利権があるのでしょうか?確かに松井市長は一時期美術館を押してましたね。それとも、これに乗じて宇品の開発を推進したいのでしょうか?道路の開発などがあまり進まないから、これを理由に広電も含めて一気にやって一気にやってしまおうって感じですかね?或いは新白島開業で焦る広電が黒幕とか? 明確な説明が無いため、何故広島県と広島市が宇品スタジアムにこだわるのかが、全く理解出来ません。今回サンフレッチェ側が強硬策に出ましたから、「だったら作らねぇよ」ってなっても、おかしくは無いですよね?にも関わらず、相変わらず建設候補地に宇品を推すってことは、何か理由があってのことじゃないですか?一体何の理由があるのでしょうか?

A.それは違いますよ。 県や市・財界の基本的な考えは「広島にサッカー専用スタジアムなど造りたくない」っていう事です。半ば仕方なく議論を進めて、遊んでいる「宇品みなと公園エリア」を使って、「まあ何とかごまかそう」としてただけですよ。 スタジアム議論は関係者やサポーターとそうでない人の温度差がかなりありますね。昨日の松井市長の会見にあるように、結局議論先送りの展開になりそうです。質問者様にある「だったら作らねぇよ」っていう結論も当然考えられます。 どちらかと言えばサッカーより野球の方に興味のある人間にとっては、たった25年程度しか使っていないスタジアムがあるにも関わらず新しいモノを建ててもらえそうなサンフレや関係者を羨ましく思ってましたが、こんな展開になってくると「欲深いな」っていう感じがします。 東京なら新宿・渋谷、大阪なら梅田・難波、福岡なら博多駅前や天神。そんな所にサッカースタジアムを造れ、って唱えても「無理」です。サンフレ以外(女子や高校)のサッカーをやって稼働率を上げた所でそれは収益・集客面にはほぼ良い影響はありません。広島にスタジアムができるかどうかは、久保さんが振りあげたこぶしをいかに周りに影響なく降ろせるか、でしょうね。


Q.大阪府下で企業診断(同友館)のバックナンバーを販売している書店をご存知であれば教えて下さいませ。

A.先ずはジュンク堂の大阪本店にお問い合わせされてはいかがでしょうか? 大阪市北区堂島1-6-20堂島アバンザ1~3F 電話06-4799-1090です。


Q.北陸地方 (加賀国) の豪族・道君の「拠点・本拠」が、「金沢市内のどこにあったのか?」が立証されることの、歴史的意義は、かなり大きいのでしょうか? 北陸新幹線ブームの折、金沢駅の近くの本屋で買った『石川県って、こんなとこ』 (金沢経済同友会編、時鐘舎) という本を楽しく読んでいます。 この本に、北加賀の豪族・道君についての記述があるのですが、 道君の本拠地については、これを加賀郡小坂郷 (金沢市小坂町) に求める意見があるが (中略)、 『日本三代実録』という平安時代に書かれた正史によると (中略) この史料から、加賀郡の大野湊 (金沢市大野町) を拠点に、日本海沿岸の水上交通を利用し、経済活動を展開していた道君の実態が浮かび上がる。 とあります。 地図で見ると、金沢市小坂町と金沢市小野町との距離はたいへん近いです。 (そもそも同じ金沢市内です) 上記の道君の本拠地というのは、たとえば道君自身の「館」があった場所、という意味だと思うのですが、この「館」が金沢市の小坂町に存在したのか? 大野町に存在したのか? ということが立証されることの『歴史的意義』は、それほど大きいのでしょうか? 表現を変えると、古代において、道君が「館」を金沢市小坂町に定めた場合と、金沢市小野町に定めた場合に、それほど大きな差がありえたのでしょうか? 現在の金沢市大野町は、古代の加賀郡大野湊の地であり、日本海沿岸の水上交通の要所であったということは、上記の本で述べられています。 大きな経済力を握るために、湊のそばに「館」を構えていた、という話もたいへん説得力があると思います。 しかし、道君は、北加賀の豪族として、『加賀郡のある程度の領域』を治めていたのに、道君自身が、湊からやや離れた奥まったところ = 金沢市小坂町に「館」を構えていては、大野湊での経済活動には十分に目を光らせ、支配することができなかったのでしょうか? 道君の一族として、主要な支配者層が何人くらい居たのかは知りませんが、一族の支流・庶流の者を大野湊に封じていたり、あるいは家臣を大野湊に派遣したり、という体制をとるのは好ましいことではない、道君自身が「館」を大野湊に営まないと権力の維持ができない、という程度の「弱い権力」であったのでしょうか?

A.網野善彦氏の学説が世に出るまで、古代の海運とか、農業以外の産業の力はほとんど考えられていませんでした。 網野善彦氏でも、イメージは室町時代あたり、能登の時国家でも鎌倉時代。中世です。 明らかに湊の支配がメインの立地であったか、やはり農地の支配だったかで、地方支配者としての道君の性格が変わります。ひいては、他の地域の豪族の力の源泉にも、新たな視点の再考が必要になることも考えられます。 つまり、あなたの持った疑問のようなことについて、新たな見方ができるようになるかもしれないってことです。歴史、特に古代の歴史は、こういう推論と発見で大きく定説が変わったりします。


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2017/03/23 Thursday 09:18:00