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Q.[AKB=電通=韓国=売国奴] ネトウヨのみなさんが下記の文章を大量にいろいろな場所に貼り、AKBは売国奴と言っているのですが,,,やはり、経済を知らないからこのような妄言を吐くんでしょうね?? , ■不買メーカーリスト 電通=AKB=韓国 全てではなくとも出来るだけ利用すべきではない ■AKB ・花王 ・サントリー ・永谷園 ・エステー ・アサヒ飲料 ・UHA味覚糖 ・Hotto Motto ・JOYSOUND ・江崎グリコ ・カゴメ ・日本HP ・アパマンショップネットワーク ・アリさんマークの引越社 ・はるやま商事 ・自転車協会 ・JRA日本中央競馬会 ・日清食品 ・リクルート ・読売新聞 ・レコチョク ・AOKI ・トライ式高等学院 ・セブン-イレブン ・NTTぷらら ・エスエス製薬 ・H.I.S. ・KYORAKU ・家庭教師のトライ ・ピーチ・ジョン ・バンダイナムコ ・NTT docomo ・四谷大塚 ・びっくりドンキー ・マイクロソフト ・ジーフットASBee ・ピザハット ・味の素 ・ラウンドワン ・本家かまどや ・CoCo壱番屋 ・九州旅客鉄道(JR九州) ・西日本シティ銀行 ・ダイエー ・スペースワールド「Muna」

A.政治とは全く関係ないのに、なぜネトウヨはAKBまでも敵視するのか?? ネトウヨとは政治的な事柄に全く興味はなく、ただ単に差別をしたいだけ。 他者を叩き情けない自分を底上げしているのです。 ネトウヨの叩きとは異常で陰湿で憲法違反『民族・人種差別』『男尊女卑』『部落差別』『職業差別』 マスコミをマスゴミと罵る奴に限って新聞を読まずネットだけに頼るような馬鹿。 皮肉なことに、マスゴミ...つまりマスコミはネトウヨのことを的確に『馬鹿』だと指摘しています。


Q.軍事ジャーナリストの潮匡人の本はためになりますか? それほどでもないですか? 早稲田法学部卒の人。 ↓ 潮 匡人(うしお まさと、1960年3月 - )は、 日本の評論家、軍事ジャーナリスト、元航空自衛官。 帝京大学短期大学人間文化学科准教授、元防衛庁広報誌「日本の風」(通巻6号で休刊)編集長。 略歴 [編集] 早稲田大学法学部卒業(在学中は雄弁会幹事長を務める)。 同大学院法学研究科修士課程修了、東京放送報道制作部契約社員を経て、1983年、航空自衛隊に入隊(防大27期相当)。 航空教育隊区隊長、第8航空団修理隊計器小隊長、第304飛行隊(築城基地)付幹部、航空中央業務隊付(市ヶ谷駐屯地、航空幕僚監部法務課)、航空総隊司令部(総務課法務班兼防衛課防衛1班)、防衛庁長官官房広報課(広報誌「セキュリタリアン」編集長)等を歴任。1994年、三等空佐で退官。 自衛官退職後、クレスト社に入社、書籍編集部副編集長を務める。同社退社後は国際研究奨学財団(現・東京財団)顧問、社会基盤研究所客席研究員などのシンクタンク勤務、2000年聖学院大学政治経済学部コミュニティ政策学科専任講師、同大学総合研究所特任研究員兼非常勤講師を経て、2006年帝京大学短期大学准教授。 2006年6月、八木秀次が設立した「日本教育再生機構」に参加。発起人。 2007年12月に設立された国家基本問題研究所に評議員として参加。 2010年12月から2011年6月まで、宇都隆史参議院議員の政策秘書を務めた[1][2]。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%AE%E5%8C%A1%E4%BA%BA 著書 [編集] 『最後の理性』(四谷ラウンド、2000年) 『アメリカが日本を捨てる日』(講談社、2000年) 『皆殺し複眼書評』(四谷ラウンド、2000年) 『長野県民は知らない田中知事の「真実」』(小学館文庫、2001年) 『テロの脅威が日本を襲う』(PHP研究所、2001年) 『北朝鮮の脅威を見ない人たち』(小学館文庫、2003年) 『常識としての軍事学』(中公新書ラクレ、2005年)-「わしズム」に連載された「若者の軍事学」 『憲法九条は諸悪の根源』(PHP研究所、2007年) 『司馬史観と太平洋戦争』(PHP新書、2007年) 『やがて日本は世界で「80番目」の国に堕ちる 』(PHP研究所 2008.12) 『日本を惑わすリベラル教徒たち』(産経新聞出版、2009年) 『日本人として読んでおきたい保守の名著 』(PHP新書、2011 )

A.この方の説明の仕方はとても丁寧で本当にわかりやすいですね・・ それに軍事評論家特有の上から目線や偉そうな雰囲気が全くない http://www.youtube.com/watch?v=6eDgK4y-KSw それでも持論には相当自信があるみたいなので、低姿勢ながらもか なり強気な一面も覗かせるようです http://www.youtube.com/watch?v=0KBmHXpN24s オスプレイ問題についても専門家ならではの言及をしている http://www.youtube.com/watch?v=gfnmjuHqwfo 何かと曲解の多いオスプレイも、本物の専門家が説明すれば、いろ んな意味で本当の真相が見えてくるよね・・ 初心者にもとても丁寧でわかりやすい説明ができる柔らかい印象 が特徴ですが、しかしそのレベルと言うか中身は相当本格的で、 物事の本質というかかなりの面で核心部分を深く突いていると思い ます まぁ、田舎の教養のない下品なおっさんとは雰囲気が違うけれどね・・ 人間がいい加減でテキトーじゃないから、まず相手を不快にさせない しかし専門家としては本格的でかなり手強い相手だと思う・・


Q.戦国期「徒歩兵随伴無しの騎乗部隊」あったvs無かった論 《その2》 すいません、この質問は主に私の前質問http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1056408980 での、thsbhseven さんの回答への私なりの見解や疑問です。 お答え頂けたら幸いです。 また他の方の意見感想なども読めたら嬉しいです。 NHKの検証ですが、私の感触としては、論拠ではなく傍証、鈴木氏に好意的に見るならば、「あった派」はこのデータをどう解釈するのかと言う投げ掛けですね。 NHKが何故にその重さにしたのかは引用元を見ていないのでわかりませんが、引用された文だけで判断するなら、私も重すぎるという意見に同意します。 鈴木氏は南北朝期までは騎乗戦闘が多いと述べてます、それ以前の宇治拾遺物語等を引用する必要は無いと思います。 ただ戦国期の文献で、馬格がわかるものが有り、かつ鈴木氏がそれを知っていてあげないのならば、フェアではないと思います。 鈴木氏は私の読んだ範囲では、 戦国期の馬格について直接「私は何センチぐらいだと思う」という発言はしていません。 氏の著作を読んで、私に形成されたイメージは、前線にまで出る馬は最低130以上、乗り手の位が上がれば、馬格も大きくなるのでは、という感じですね。 鈴木氏に反論している動物専門家とはどなたでしょう?名前や著作などがわかりましたら、教えて下さい。 江戸期の馬が矮小化したのは、私が知っているのは、 「地獄のX島で米軍と戦い、あくまで持久する方法」兵頭二十八 著 四谷ラウンド刊P 200 「大名の馬は良かったのだが、庶民が運送用に使ったやつは、妊娠中にも働かせるものだから、体格がどんどん小さくなってしまったのだ」(巻末に参考文献が載っていますが、この部分がどの文献からかは判りません) というものであり、武士の所有する馬はそれほど矮小化していなかったのでは、と思ってました。 幕末明治初期の馬について、外国人が日本の馬は小さいと言っている場合が多いのですが、中には馬格や雌馬の扱いについて 「シュリーマン旅行記 清国・日本」講談社学術文庫P 120 「雌馬は牧場にいるか、仔を産ませるために田舎に留められているので、雄馬しか見ない。日本では馬のことをポニー[子馬]と呼んでいるが、日本の馬もヨーロッパの乗用馬と同じくらい大きいのだから、この呼び方はまったく相応しくない。」 と言った証言も有り、時代や地域によってもちがうようで、よく判りません。 ごめんなさい、残り字数が僅かです、まさかの《その3》に続

A.わざわざ他質問を立ち上げての回答ありがとうございます ちょっと仕事が忙しく気づくのが遅れてしまいました… (といっても今も仕事の合間をぬっての回答なんですが…) ・鈴木氏に反論している動物専門家とはどなたでしょう? ちょっとすみません。手元に資料がないので誰だとかが言えません(ハヤシなんとかさんだったかな?) ただネットに考察を書いている人がいたので添付しています。参考にしてみてください。 http://www.sasakijo.com/note/tenka3.html 北海道在住の佐々木穣という作家の公式ホームページで 「天下城ノート3・戦国の合戦と騎馬部隊」で書いておられます ・戦国期の文献で、馬格がわかるもの 資料的信憑性の是非はともかくとして甲陽軍鑑で登場する「鬼鹿毛」(四尺八寸八分:約1m48㎝)や信長公記の桶狭間の戦いの記述ででてくる今川義元の乗馬「五寸計」(馬高五尺五寸:1m66㎝ 義元が肥満体で馬にも乗れなかったというのは俗説で一級資料とされる信長公記には乗馬の記述がある) また出典が不明ながら歴史群像アーカイブス戦国合戦入門(学研)での[検証、武田騎馬軍団不在説]に表記される軍記物にでてくる馬の体高の記述で 岩手月毛 清水太郎左衛門(北条家臣清水清英の子)の馬。体高1m48㎝以上 市来野月毛 島津義久の馬。沖田畷での勝利の恩賞として弟家久に譲る。体高約1m42㎝ 波かけ 織田信長の馬。体高1m52㎝ とあります 信長公記は鈴木氏もよく資料として提示される本ですがそれには戦国期の馬格の事も表記されておりそれは鈴木氏の説を覆すものも多いです ・鈴木氏は私の読んだ範囲では、 戦国期の馬格について直接「私は何センチぐらいだと思う」という発言はしていません。 全部読んでる訳ではないので私も断言はしませんが文言などからポニーをシェトランドポニーと同程度の子馬と思っていると感じられますね あとこの時代の「ポニー」の指す意味は「体高147㎝以下の馬」というよりも「俊敏で活発な馬」という意味での使用が多いです 少し後代になりますがアメリカ西部開拓時代(江戸時代中~後期)では「ポニー・エクスプレス」という早馬の使用を売りものにした私設郵便制度がありました 西部の男たちがポニーに乗ってアメリカの荒野を走り回っていたんです ポニーだから騎乗戦が不可能とは生物的にみて言えない事だと思いますよ また当時の日本人の平均身長が155センチ前後だった事も鈴木氏は考慮してないと思います 源平時代の馬が体高140㎝前後と記述されているのを例示して小さいといわれてますが乗る側も155センチと現代人より遥かに小さい方々なんですから充分な大きさでしょう ・西洋では下馬戦闘しなかったのか しました 1356年と若干時代が遡りますがポワティエの戦いでは騎士が下馬して戦っています。さらに古い話ですが552年に行われたタギネーの戦いでも騎兵を下馬させるシーンが見られます。 ルイス・フロイスは日本滞在中行動しているのは西日本のみで東日本にはいっていません そして日本の在来馬の平均からして東日本の馬は西日本よりも大きかったそうです (例えば木曽馬や道産子の平均は130㎝ですが鹿児島のトカラ馬や愛媛の野間馬は115㎝ほどです。対州馬や野崎馬の様に西日本でも木曽馬に準じる大きさの馬はいますが・・・) あくまでも彼の記述は馬格の小さい馬の多かった西日本での記述とみるべきです またご意見あればお待ちしています


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2017/03/23 Thursday 09:20:34