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Q.アーサー・ケストラーは「ホロン革命」工作舎p24で、「動物は ”同じ種に属するものは殺さない” という ”ジャングルの掟” を守る本能を持っている。 しかし、ホモ・サピエンスはこの本能が欠如している」と語っている。 確かに、動物界では「個々の生命及び子孫の維持のため」のメス獲得・子供保護・食物争奪・テリトリー侵害防禦などを原因とする同じ種内の争いはあるが、相手を殺すことはない(怪我をして結果的に死ぬことあったとしても)ような気がしています。 しかし、アーサー・ケストラーの命題が正しいのか? 浅学の私には分かりません。 これに関する知見を是非、お教え願いたく。 (因みに、アーサー・ケストラー「ホロン革命」は、「1945年8月6日以来、人類は種としての絶滅を予感しながら(p16)、、、原子核というパンドラの箱を開けた(p17)」と言と言っています)。

A.サルの子殺しなどは、 当たり前のように報告されております。 ですから、全く正しくないです。


Q.「No2]=スーパー・ナチュラル(=知的革命!) 【連絡先】=「tjrudsu3203@hotmail.co.jp」=[HIGASHI Akifumi (phD)]=「注」参照。 (BB)=「西欧の科学の価値観」=「①=科学の基礎は、物理学である」という「考え方」がある。「Erwin Schrödinger」は、「主体―客体の関係」の「主体を、物質の観測のプロセスに、導入しない」ことを強調している(文献=Mind and Matter=精神と物質=工作舎:中村量空訳)。「②=科学者や知識人などの、普通の人の、目に見えないモノは、存在しない」という「考え方が、支配的」である。ただし、「普通の人」というのは、「超能力者を、除く、全ての人」という意味である。というのは、「超能力者には、普通の人に、見えないモノが、見える」からである。 (CC)=「現代の生命科学の主流は、分子生物学であり、物理学の一部である」から、「元来、主体を導入しない」という、「前提がある」ことを意味する。しかし、一方で、「分子生物学において、生命とは何か?」という、「設問に対して、多様な解釈!」がなされている。ということは、もし、「生命=主体である」と考えれば、「前提として、意図的に削除した内容に対して、新しい定義を試みている」ことを意味するので、「根本的な矛盾」である。 (DD)=「新しい考え方」=「生物学・医学の研究の目的は、主体=自我である」ことを、「前提として、スタートすべき」であり、「物質の研究である、物理学とは、全く、異なる概念で、分析すべき、新しい学問である」と考える必要がある。 つまり、「自我の仕事(=生命力)は、企画された設計図(=情報=青写真)に基づいて、地球上で、物質の構造と機能を、構築することである」という、「視点から、分析を、開始すべき」である。ということは、「自我(=生命力)が、設計図に基づいて、物質を組織化する法則を解明する」ことが、「生物学の、研究の目的」に成る。 すると、「生物の、個体の姿・形の設計図(=細胞自身の、分化(=変形)の設計図である、遺伝子のことではない!)は、何所にあるのか?」ということが、大問題!!!に成る。 「ダーウインの進化論は、動物の構造と機能の造形(=肉体)が、地球上で、次第に、複雑化してきた」という、「内容である」が、「それぞれの造形の設計図が、どこで、どのように、進化してきたのか?」ということには、言及していない。「西欧の科学は、このように、究極の、本質的な真理に、哲学的に、言及しない傾向がある」。 (EE)=「西欧の科学には、超能力のメカニズムを、分析する」という、「視点が、存在しない」ようである。だから、「宗教のメカニズムが、明確にされることは、ない」わけである。しかし、「いずれの宗教の場合でも、宗教の創始者である、教祖は、超能力者である」ことを、「重要視すべき」である。 つまり、「宗教は、宗教の創始者である教祖の、超能力によって、観察された結果を、次世代の信者に、語り継ぐことを、教義としている」わけで、「創始者が異なる場合は、伝承される内容が、異なる」わけである。かくして、「それぞれの宗教の、教祖と信者の関係は、科学とは無関係」と考えられ、「科学的な、メカニズムの理解を超越して、信じるモノである」という、「世論」が、形成」されている。 ということは、「創始者の異なる、複数の宗教が、信仰の自由という、「曖昧なスローガン」で、科学的な、根拠もなく、共存している」わけである。 その結果、「現状の国際情勢」は、「宗教間の、教義の違いに基づいて、無差別のテロリズムと、無差別の空爆に基づく、エンドレスの戦闘状態にある」ことに、「注目すべき」である。「世界平和」のためには、「人工(=人為)的な、信仰の自由という、スローガンではなく」て、「超能力のメカニズムを、自然や宇宙との関係における、真理として、科学的に、解明する」ことが必要であり、「宗教法人の認可には、判断の基準が必要」である。 「究極の世界平和の実現」には、人類の普遍的な知識として、「本論のような、時間の、階層的な法則の、一般化(=普遍化)が、不可欠)」である。「経済優先の特許の取得や、起業」の「範疇を超えた、全方位的な効果をもたらす、知的・発見が、必要」なのである。 (FF)=「人間を含む、生物の、個体の設計図は、宇宙で形成されて、地球上に、伝送されている」という視点(=超能力者の観察結果!)と、「ダーウインの進化論のように、人間を含む、生物の構造と機能の造形(=肉体)が、地球上で、次第に、複雑化してきた」という視点の、「間に」、「自我(=生命力)が、設計図に基づいて、地球上で、物質を、組織化する」という「概念を構築する」ならば、 「科学と宗教は、両方とも、共通の原理で、メカニズムを明確にできる」と考えられる。「この、共通の原理」が、「今現在・過去・未来」の「違い」を、「定義するための、時間の、階層的な、法則の開発(=本論の、最大の発見)に、相当する」わけである。 「続」

A.科学と宗教は共通ではありません。 科学は人間がいなくても成り立ちますが、宗教は人間無しに成り立ちません。 従って、人間は科学のサブ機能とも言えます。 しかし宗教とは人間のサブ機能にすぎない投影なため、それを強引にメインと共通に据えようとするのは無理です。


Q.いわゆる南京事件(1937年)について、以下の質問投稿を見かけました。 以下、引用させていただきます。 歴史学者の秦郁彦は自著 「現代史の争点」の中で、 『中国側は笠原たち(虐殺派)に対して、「30万人虐殺は南京城内だけの数字である。 地域や時期を勝手に広げてもらっては困る」と言っている。(南京大虐殺60年国際シンポジウムにて)』と述べてます。 なるほど、中国側では〈虐殺は南京城内だけ〉という説なのですね。出席した中国側が言ってるし秦郁彦も論拠にして述べてるから間違いないのでしょう。 歴史学者の笠原十九司は1998年の自身論文で、「南京城内では数千、万単位の死体が横たわるような虐殺は行われてない」と断定してます。 秦郁彦は「4万の概数は最高限であること、実数はそれをかなり下まわるであろうことを付言しておきたい」と従来よりも下方修正してます。 笠原十九司は数千、万単位を否定してるということは、数百もしくはそれ以下なのか? 秦郁彦は実数はかなり下回るという見解だから、笠原説と同等なのか? 元日本兵は日本軍が南京城内に突入した時、「城内は空っぽだった」、「女性や子供の死体は無かった」と証言してます。 http://www.sankei.com/west/news/150327/wst1503270007-n1.html これは日本将兵の日記だけでなく、国内外の資料や記録映画でも裏がとれてます。そうなると、笠原論文の数千、万単位の死体がないというのは、元日本兵の証言と符合します。秦郁彦説の実数はかなり下回るとも符合してくるのではないでしょうか。纏めると南京城内には数百、数千、数万単位の死体がなかった。 「東京日日新聞」の若梅、村上両特派員は、占領2日後の12月15日、大学の舎宅にベイツ教授を訪れ、インタビューを行なっています。その時ベイツ教授は、上機嫌で2人を迎え、「秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです」といって両記者に握手しています(東京日日新聞 昭和12(1937)年12月26日) さらにそのとき両特派員は、「家の近所の路で射殺された民間人の屍体がゴロゴロしている」というような光景は見ていません。12月13日に南京城内に入った第6師団の歩兵第13および47連隊の日本兵たちも、「(南京城内では)敵兵はもとより住民の姿さえほとんど見なかった」と証言しています。同じ日、南京城内に入った都新聞の小池秋羊記者も、「城内はどの家も空き家で、物音一つしませんでした。犬、ネコの姿一つ見受けられず……」と証言しているのです(南京事件p.144) 安全区内の殺人件数は資料によると26件です。 南京城内で虐殺された死体は資料や証言によるとゼロ。城内と安全区、二つを合わせても殺人事件は26件だから犠牲者数は単純計算で26人(1件1人と計算した場合)。 しかし日本大使館の福田篤泰外交官補の証言によると、 『私が南京城内に入ったのは、陥落の翌日で、まだ市街戦が行われていた。上海から日本軍の進撃に同行していたのは、南京に残留している外国人を保護するために外務省の人間が必要だという軍の要請があったからだ。中略)当時、私は毎日のように、外国人が組織した国際委員会の事務所へ出かけていたが、そこへ中国人が次から次へとかけ込んでくる。 「いま、上海路何号で一〇歳くらいの少女が五人の日本兵に強姦されている」あるいは「八〇歳ぐらいの老婆が強姦された」等々、その訴えを、フィッチ神父が、私の目の前で、どんどんタイプしているのだ。 「ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずに、それを記録するのか」と、私は彼らを連れて現場へ行ってみると、何もない。住んでいる者もいない。また、「下関にある米国所有の木材を、日本軍が盗み出しているという通報があった」と、早朝に米国大使館から抗議が入り、ただちに雪の降るなかを本郷(忠夫)参謀と米国大使館員を連れて行くと、その形跡はない。 とにかく、こんな訴えが連日、山のように来た。ティンパレーの原資料は、フィッチが現場を見ずにタイプした報告と考えられる。』終わり 安全区国際委員会は支那人の訴えを検証も裏づけもせずに、そのままタイプライターに打ち込んでた。 この支那人は国民党中央宣伝部の工作員だという説も一部であります。いずれにせよ委員会は、非常にずさんな報告書を作成してたことが確認できます。こうなると安全区内の殺人事件26件も疑わしいと思えてきます。 ★質問です こちらの主張は、内容的に妥当なものなのでしょうか? 客観性のあるご意見、お待ちしています。

A.元はどこだか知ってるけど(苦笑) >歴史学者の秦郁彦は自著 「現代史の争点」の中で、 >『中国側は笠原たち(虐殺派)に対して、「30万人虐殺は南京城内だけの数字である。 >地域や時期を勝手に広げてもらっては困る」と言っている。(南京大虐殺60年国際シンポジウムにて)』と述べてます。 この秦郁彦の記述が、本来の南京大虐殺60年国際シンポジウムにおける中国側発言と異なるため、論旨の冒頭から破綻しています。秦郁彦の記述が勘違いか誤記によるものかわかりませんが、本来の中国側発言は以下のとおり。 --- 孫:私は南京のまわりの県を含めるという笠原先生の意見に賛同する。しかし犠牲者数については問題がある。私たちが言っている三〇万というのは周りの六県その他地域を入れていない。これはあらたな課題として考えていきたい。 --- つまり中国側は「南京城内」だけの数字だとは言っていません。 中国側は東京裁判、南京軍事法廷における判決を数的論拠としており、日中歴史共同研究中国側論文の中でも「南京城内と附近の地域で虐殺された」と明記しています。つまり中国側の主張は南京城内および周辺であることは明白です。 従って中国側が「南京城内だけを対象にしている」ことを前提にした論旨は破綻しているわけです。 秦郁彦は少なくとも「30万人虐殺は南京城”区”内だけの数字である」と書くべきだったでしょう。誤記か勘違いかはわかりませんが、間違えた記述を元に論旨を展開しているのだから、破綻してあたりまえ。 という趣旨のことを書いたら、なぜか「南京城外で虐殺された史料を出せ」とかワケわからんことを言われて、??????となったのですが。 論旨が破綻しているよ。という記述で、なんでそういう話にすっ飛ぶのか、私の知力ではまったく理解できないし、ついていけません。 おそらく宇宙人なのでしょう・・・。


Q.いわゆる南京事件(1937年)について 歴史学者の秦郁彦は自著 「現代史の争点」の中で、 『中国側は笠原たち(虐殺派)に対して、「30万人虐殺は南京城内だけの数字である。 地域や時期を勝手に広げてもらっては困る」と言っている。(南京大虐殺60年国際シンポジウムにて)』と述べてます。 なるほど、中国側では〈虐殺は南京城内だけ〉という説なのですね。出席した中国側が言ってるし秦郁彦も論拠にして述べてるから間違いないのでしょう。 歴史学者の笠原十九司は1998年の自身論文で、「南京城内では数千、万単位の死体が横たわるような虐殺は行われてない」と断定してます。 秦郁彦は「4万の概数は最高限であること、実数はそれをかなり下まわるであろうことを付言しておきたい」と従来よりも下方修正してます。 笠原十九司は数千、万単位を否定してるということは、数百もしくはそれ以下なのか? 秦郁彦は実数はかなり下回るという見解だから、笠原説と同等なのか? 元日本兵は日本軍が南京城内に突入した時、「城内は空っぽだった」、「女性や子供の死体は無かった」と証言してます。http://www.sankei.com/west/news/150327/wst1503270007-n1.html これは日本将兵の日記だけでなく、国内外の資料や記録映画でも裏がとれてます。そうなると、笠原論文の数千、万単位の死体がないというのは、元日本兵の証言と符合します。秦郁彦説の実数はかなり下回るとも符合してくるのではないでしょうか。纏めると南京城内には数百、数千、数万単位の死体がなかった。 「東京日日新聞」の若梅、村上両特派員は、占領2日後の12月15日、大学の舎宅にベイツ教授を訪れ、インタビューを行なっています。その時ベイツ教授は、上機嫌で2人を迎え、「秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです」といって両記者に握手しています(東京日日新聞 昭和12(1937)年12月26日) さらにそのとき両特派員は、「家の近所の路で射殺された民間人の屍体がゴロゴロしている」というような光景は見ていません。12月13日に南京城内に入った第6師団の歩兵第13および47連隊の日本兵たちも、「(南京城内では)敵兵はもとより住民の姿さえほとんど見なかった」と証言しています。同じ日、南京城内に入った都新聞の小池秋羊記者も、「城内はどの家も空き家で、物音一つしませんでした。犬、ネコの姿一つ見受けられず……」と証言しているのです(南京事件p.144) 安全区内の殺人件数は資料によると26件です。 南京城内で虐殺された死体は資料や証言によるとゼロ。城内と安全区、二つを合わせても殺人事件は26件だから犠牲者数は単純計算で26人(1件1人と計算した場合)。 しかし日本大使館の福田篤泰外交官補の証言によると、 『私が南京城内に入ったのは、陥落の翌日で、まだ市街戦が行われていた。上海から日本軍の進撃に同行していたのは、南京に残留している外国人を保護するために外務省の人間が必要だという軍の要請があったからだ。中略)当時、私は毎日のように、外国人が組織した国際委員会の事務所へ出かけていたが、そこへ中国人が次から次へとかけ込んでくる。 「いま、上海路何号で一〇歳くらいの少女が五人の日本兵に強姦されている」あるいは「八〇歳ぐらいの老婆が強姦された」等々、その訴えを、フィッチ神父が、私の目の前で、どんどんタイプしているのだ。 「ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずに、それを記録するのか」と、私は彼らを連れて現場へ行ってみると、何もない。住んでいる者もいない。また、「下関にある米国所有の木材を、日本軍が盗み出しているという通報があった」と、早朝に米国大使館から抗議が入り、ただちに雪の降るなかを本郷(忠夫)参謀と米国大使館員を連れて行くと、その形跡はない。 とにかく、こんな訴えが連日、山のように来た。ティンパレーの原資料は、フィッチが現場を見ずにタイプした報告と考えられる。』終わり 安全区国際委員会は支那人の訴えを検証も裏づけもせずに、そのままタイプライターに打ち込んでた。 この支那人は国民党中央宣伝部の工作員だという説も一部であります。いずれにせよ委員会は、非常にずさんな報告書を作成してたことが確認できます。こうなると安全区内の殺人事件26件も疑わしいと思えてきます。 ★質問です Q.歴史学者の秦郁彦と笠原十九司の見解は、肯定派が頻繁に論拠に用いてるため、当然ながら信用できますよね? Q.肯定派は頻繁に数千単位もしくは万単位もしくは数十万単位の支那人が、日本軍の手によって虐殺されたと主張してますが、笠原説と矛盾します。矛盾が存在するということでよろしいですか? 2つの質問よろしくお願いします

A.歴史学者の秦郁彦と笠原十九司の見解は、肯定派が頻繁に論拠に用いてるため、当然ながら信用できますよね? ○ 分かっていってるんでしょうけれど、そういう理由付けは良くないのでは。 まず、歴史学で、歴史学的事実を名乗れるのは、史料とそれに基づいた解釈のみです。 そして、歴史学者の解釈がその辺にいる人間の解釈より信頼される理由は、 彼らが原史料に触れやすい立場にあり、 また、学術振興の名目で大量の研究費用が貰え、 かつ、お互いの論文を研究者同士が叩き合い、切磋琢磨しているため、 その辺の奴よりかは優れたことが言えるだろう、という期待があるから信用されるのです。 (当然、学者が「バカだ」とか、「その辺の奴と変わらない」と思っている人は、学者の意見を信頼しません。やはり、学者の側にいた経験がないと「学者ってすごい知識がある!優れた知識を持っている!」とは差し迫って感じないでしょうから、この辺の権威性は理解しがたいと思います。ただ、人間として終わってる学者が多いのも事実ですが、それは研究と全く無関係の話です。たとえ犯罪者でも、優れた意見は喋れます)。 さらに、嘘を付けば学会追放という業界内規範に基づく強い自浄作用的な制裁を受けるため、つまり、小保方や藤村のような末路を辿りますので、研究に対して不誠実な態度は取らないだろう、という担保的な期待が掛けられているから、信用されるのです。我々はアカウントを変えて、逃げることができます。が、研究者はそうはいきませんからね。 (当然、学者が「適当にやっている」と思っている人は、学者の意見を信頼しません。やはり、これも学者の側にいた経験がないと「学者って、分からないことは本当に分からないって言うんだ。適当なことはあまり言わない。学生の批判を受け入れて、自説を修正するんだ。不確実なことを言う前には、予防線メッチャ張るな」みたいな話は、差し迫って感じないでしょうから、この辺の学者の知的誠実さ、はかなり理解しがたいと思います。もちろん、「こいつ大丈夫か?」ってくらい糞みたいな人も居ますけどね) ですから、肯定派に引用される回数は信用と何も関係がありません。 引用回数は、研究の需要(研究の価値)や影響力を大雑把に示す指標でしかありません。 矛盾が存在するということでよろしいですか? ○ 笠原説を採るなら、笠原と同じ数字を主張しろ、という話ですよね。矛盾というか、論理的整合性が取れていない、という話では。


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2017/03/24 Friday 17:04:22