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Q.特殊相対性理論を論理的に検証してみませんか(その11) (引用;14ページ、15ページ:時計の遅れ) “静止系に対して静止して時間tを与える事ができ、また運動系に対して静止して時間τを示すことのできる1つの時計がkの座標原点にあり、しかも時間τを示すように合わせてあると考える。この時計は静止系からみてどんな進み方をするか? この時計の位置に関係づけられるx,t,τの間には明らかに次の式が成り立つ: τ=1/√(1-v^2/c^2)*(t-vx/c^2) (35) 及びx=vt (36) したがって τ=t√(1-v^2/c^2)=t-{1-√(1-v^2/c^2)*t (37) で、これから(静止系で見て)時計の指示は毎秒{1-√(1-v^2/c^2)}だけ、または、4次以上の量を除き(v/c)^2/2秒だけ遅れる結果になる。“ ##### アインシュタインは、式(35)と式(36)とからxを消去して式(37)を得、これを時計遅れの根拠とする。もし、そのような論法が容認されるのなら、式(35)と式(36)とからtを消去して、次式(38 )を得、運動系の時間は静止系の空間そのものであると主張してもよい事になる。 τ=x√(1/v^2-1/c^2) (38) ところで、アインシュタインが示した時空の変換式は、運動系の時間τへの変換式だけでなく、ξ座標への変換式もあったことを思い起こそう。 ワードではないので、ここでは行列表現が出来ません。言葉で書きます。 x=vtとしてxを消去すると、ξ=0,τ=t√(1-v^2/c^2) (39) t=x/vとしてtを消去すると、ξ=0,τ=x√(1/v^2-c^2) (40) 即ち、静止系の直線x=vt上の点は、運動系のτ軸上の点に対応していると言う事に過ぎません。別の表現をすれば、静止系の直線x=vt上の点は、式(21)及び式(22)の変換により運動系のτ軸上の点に移されると言う所謂写像の話に過ぎないのです。 従って、式(37)は、時計が遅れる根拠を示しているのではないのです。 アインシュタインの「時計が遅れる」と言う解釈が間違っているのです。 (注)τへの変換式=式(21)=式(35) ξ座標への変換式=式(22):ξ=β(x-vt) <引用文献> アインシュタインが1905年に書いた“Zur Elektrodynamik bewegter Koerper”の翻訳版である「運動物体の電気力学」(物理学古典論文叢書4、相対論;上川友好訳;物理学史研究刊行会編;東海大学出版会1979年5月15日第6刷発行)

A.高速で移動する時計や強い重力が掛った時計は遅れます。光速に達っしたり、プランク力の万有引力を受けた時計は止まります。 しかし、本当に高速移動したり、強い重力が掛ると時間そのものが遅れるのでしょうか。それとも、ただ「時計が動き難くなっただけ」なのでしょうか。それを考察します。 粒子は、光速に近づくにつれて加速し難くなります。これは、加速器の実験で実証済みです。ですから、高速移動する時計を構成する粒子は動き難くなり、その時計は遅れます。 この現象を、相対性理論では「m=m0/√(1-V^2/C^2)」と表現します。質量が2倍になると、同じ力を加えても速度は1/2倍になります。v㎞/秒で移動する粒子は、静止時に比べて√(1-V^2/C^2)倍しか動かないので、v㎞/秒で移動する粒子はまるで質量が1/√(1-V^2/C^2)倍に増加した様だと言います。 アインシュタイン博士も、高速で移動する粒子は質量が「m=m0/√(1-V^2/C^2)」に増加した様に振る舞うので、時計は「t'=t√(1-V^2/C^2)」と遅れると述べられています。 私の肉体を構成する粒子も動き難くなるので、時計と一緒に高速で移動する私は、ゆっくりと動き・思考し・年を取ります。 私がゆっくりとなるので、自分が持っている時計が遅れていることに気が付きません。逆に、静止している人は速く動き・思考し・年を取っていると見えます。また、静止している人が持っている時計は、速く進んで見えます。まるで、自分に流れる時間が遅くなった様です。 しかし、決して私に流れる時間そのものが遅くなった訳ではありません。私や時計と言う物質が動き難くなっただけです。決して、「時間そのもの」が変化する訳ではありません。 強い重力が時計に掛かっても、時計を構成する粒子は動き難くなり遅れます。 「時間そのもの」には実体がないので、構造がありません。構造を持たないものが変化する仕組みを説明することは、未来永劫不可能です。一方、物質は構造を持つので、それが変化する仕組みを説明することが出来ます。 説明出来ないことを信じることは科学ではありません。それは信仰です。ですから、高速移動や強い重力で時計が遅れる現象は、「時間の変化」で説明するのではなく、動き難さと言う「物質の変化」で説明しなければなりません。 あらゆることが自明であるか否か一応疑って見ることを「方法的懐疑」と言います。 デカルトは「方法的懐疑」により、自明なことは「我思う故に我あり」のみだと気付きました。疑っている自分が居なければ、この疑いはあり得ないからです。それ以外のことは自明でないのです。 「本当に時間そのものが変化するのか」一応疑って見ることが必要です。その為には「時間が変化する仕組み」を考えることです。そうすると、それは説明不可能であり、ただ信仰していただけだと気付く筈です。 シュバルツシルト半径内では、時計はプランク力の万有引力を受けます。ですから、時計は止まります。それ以上ブラックホールに落下しても時計は止まったままです。 質問者さん、この様に私が高速移動すると私の肉体を構成する粒子は動き難くなり、私はゆっくりと動き・思考し・年を取る様になります。私の持っている時計もゆっくりと時を刻みます。 高速移動する私が静止者を見ると、静止者は速く動き・思考し・年を取る様に見えます。静止者の持っている時計は速く時を刻みます。 あたかも、静止者に流れる時間が速くなったようです。しかし、実際には、私や私の持っている時計の動き方がゆっくりとなっただけです。 詳細は http://www.geocities.jp/labyrinth125064/kousokudeidousurutokeinookurerusikumi.html http://www.geocities.jp/labyrinth125064/zyuuryokuniyorizikanntokuukannzitaigahennkasurunoka.html http://www.geocities.jp/labyrinth125064/kousokudeidousitatokinobussitunohennka.html を参照下さい。


Q.特殊相対性理論を論理的に検証してみませんか(その8) (引用;13ページ:ローレンツ変換) “見出された変換方程式は次のようになる: τ=β(t-vx/c^2) (21) ξ=β(x-vt) (22) η=y (23 ) ζ=z (24) ここで β=1/√(1-v^2/c^2) (25)“ ##### 上記引用部分は、アインシュタインが(その4)の式(6) <δτ/δx’+v/(c^2-v^2)δτ/δt=0> を解いたと言うものです。 (注)δ:この記号を偏微分の記号と見做して下さい。(文字が出ないから。) さて、静止系の時刻t0に静止系の原点と運動系の原点が一致し、この瞬間に運動系の原点から運動系のξ軸上に置かれた棒(棒の一端Aは運動系の原点に一致して置かれているものとする。)の他端Bに向けて光を発したとする。 この光は静止系の時刻t1に棒の他端Bに到達するものとし、光はこの点で反射され静止系の時刻t2に静止系の原点に戻ってくるものとする。 静止系に於けるそれぞれの事象の時刻に対応する運動系の時刻を、式(21)を用いて求めると τ0=βt0 (26) τ1=β(t1-vl/c^2) (27) τ2=βt2 (28) ここにlは、光が反射する瞬間の、棒の他端Bの静止系に於けるx座標です。 静止系にある時計が合っているものとすると、t0+t2=2t1が成り立つ。 この時、τ0+τ2=2τ1が成り立つ(運動系の時計が合っている)ためには、l=0でなければならない。 即ち、異なる場所に置いた静止系の時計が合っている時、対応する運動系の時計は合わないのです。 これでは、式(21)~(25)を静止系時空から運動系時空への変換式と言うには無理があると言わざるを得ません。 <引用文献> アインシュタインが1905年に書いた“Zur Elektrodynamik bewegter Koerper”の翻訳版である「運動物体の電気力学」(物理学古典論文叢書4、相対論;上川友好訳;物理学史研究刊行会編;東海大学出版会1979年5月15日第6刷発行)

A.V㎞/秒で移動すると、空間と時間の座標が次の「ローレンツ変換」のとおり変化します。 ①x’=(x-Vt)/√(1-V^2/C^2) ②y’= y ③z’= z ④t’= (t-Vx/C^2) / √(1-V^2/C^2) 高速移動する物質は、「動き難く」なり、また「ローレンツ収縮」します。 物質は、光速に近づくほど動かし難くなります。したがって、高速移動する時計は遅れます。 次に「ローレンツ収縮」です。V㎞/秒で移動すると、物質は横方向へ√(1-V^2/C^2)倍収縮します。これを「ローレンツ収縮」と言います。電子は、原子核の周りを高速で回転し、その遠心力と原子核に引き付けられる電磁力の釣り合う一定距離を保っています。原子が高速移動すると、電子は回転し難くなり遠心力は弱まり電子は原子核の電磁気力に引き付けられ、原子自体が横方向へローレンツ収縮します。 この様に、V慣性系では、物質である定規が√(1-V^2/C^2)倍「ローレンツ収縮」する為、距離は逆に1/√(1-V^2/C^2)倍長く測定されます。また、その間に観測者自身がVt㎞移動しているので、その分距離は短く測定されます。上下左右方向(縦方向)には変化はありません。従って、これを方程式で表わすと ①x’=(x-Vt)/√(1-V^2/C^2) ②y’=y ③z’=z です。 光の座標を便宜上平面で、P(x,y,z)=(Ct*cosθ,Ct*sinθ,0)とします。光は、原点Oを発してt秒後にPの位置に到達します。光が移動した時間はt秒です。光の移動した距離は、√(x^2,y^2,z^2)=√{(Ct*cosθ)^2+(Ct*sinθ)^2+0^2}=Ct㎞です。従って、静止者が見た光の速度は、Ct㎞÷t秒=C㎞/秒です。 今度は、V㎞/秒で移動する観測者Aが同じ光を見ると、その速度は幾らと観測されるか、時間と空間の座標の変換式①②③⑤を使って計算します。 V慣性系で光の進んだ距離√(x’^2+y’^2+z’^2)=√{((t-Vx/C^2) / √(1-V^2/C^2))^2+( Ct*sinθ)^2+0^2}=(C-Vcosθ)t/√(1-V^2/C^2)㎞ 光速度が不変となるためには、 光の移動時間⑦t’=(C-Vcosθ)t/C√(1-V^2/C^2) でなければなりません。これで V慣性系における光の速度=(C-Vcosθ)t/√(1-V^2/C^2)㎞÷(C-Vcosθ)t/C√(1-V^2/C^2)=C㎞/秒 と片道でも光速度不変となります。 光のX軸の座標x=Ct*cosθなので、cosθ=x/Ctです。これを⑦に代入すると ⑦t’=(C-Vcosθ)t/C√(1-V^2/C^2)= (C-Vx/Ct)t/C√(1-V^2/C^2)=④ (t-Vx/C^2) / √(1-V^2/C^2) です。まとめると ①x’=(x-Vt)/√(1-V^2/C^2) ②y’=y ③z’=z ④t’= (t-Vx/C^2) / √(1-V^2/C^2) と「ローレンツ変換」となります。 詳細は、下記のホームページを参照下さい。 http://www.geocities.jp/labyrinth125064/rorenntuhennkannnosinnnoimi.html


Q.特殊相対性理論を論理的に検証してみませんか(その6) (引用;10ページ:y軸、z軸方向の方程式) “光が静止系からみてこれらの軸(H軸とZ軸)に沿って常に速度√(c^2-v^2)で伝播することを顧慮して、次の式が与えられる: δτ/δy=0 (9) δτ/δz=0 (10)“ (注)δ:この記号を偏微分の記号と見做して下さい。(文字が出ないから。) ##### アインシュタインは、「光が座標軸方向に常に一定の速度で伝播する時は座標軸方向の偏微分係数は0である。」と言う。 この論法が正しいのであれば、X軸方向に進む光の速度も一定である事から、(その4)の式(6) <δτ/δx’+v/(c^2-v^2)δτ/δt=0> ではなく δτ/δx=0 (11) でなくてはならない。 式(9),(10),(11)から τ(x,y,z,t)=f(t) (12) が得られます。 これは、運動系の時間は静止系の時間のみの関数であると言う事を意味します。 ここでのアインシュタインの論法が正しいのであれば、所謂時空と言う概念は誘導されないのです。 抑々、式(9),(10)が誘導されるのだろうか。 出発点たる式(5) <[τ(0,0,0,t)+τ(0,0,0,{t+x’/(c-v)+x’/(c+v)})]/2=τ(x’,0,0,t+x’/(c-v))>には、第2変数及び第3変数の方向の情報は含まれていないのです。見かけ上は4変数の関数だけれど、実際はxとtの2変数の式です。 アインシュタインは、無理矢理に第2変数及び第3変数について論じたのです。 <引用文献> アインシュタインが1905年に書いた“Zur Elektrodynamik bewegter Koerper”の翻訳版である「運動物体の電気力学」(物理学古典論文叢書4、相対論;上川友好訳;物理学史研究刊行会編;東海大学出版会1979年5月15日第6刷発行)

A.「光速度不変の原理」とは、静止して光を観測しても移動しながら光を観測しても、光の速度は秒速30万キロと測定されると言うものです。 例えば、時速100キロの電車を静止して観測すると、その速度は時速100キロです。しかし、時速50キロの車で追いかけながら電車を観測すると、電車の速度は時速50キロと測定されます。時速50キロの車に乗って電車と対面する形で観測すると、電車の速度は時速150キロと測定されます。 移動する車から見た電車の速度を、電車の相対速度と言います。「光速度不変の原理」とは、光の相対速度は秒速30万キロで不変であると言うものです。つまり、光を秒速15万キロで並走しながら観測しても、同速度で光と対面する形で観測しても、光の相対速度は秒速30万キロで変らないというのです。これは、常識に反するため、大変理解しがたいのです。 ではなぜ、この様な考え方が必要だったのでしょうか。 電磁気力は、光の一種である電磁波が、電荷を帯びた物質間を往復することで生じます。そして、電磁気力の強さは物質間の距離の2乗に反比例します。つまり、電磁波が物質間を往復するのに要する時間の2乗に反比例するのです。 電荷を帯びた2つの物質が並走しながら電磁波を交換すると、静止している場合に比べて、電磁波の往復距離は長くなります。即ち、電磁波の往復に要する時間が長くなるので、生じる電磁気力の強さは弱くなる筈です。 しかし、現実には、静止していても移動していても、生じる電磁気力の強さは変りません。 この謎を説明するために、アインシュタイン博士は、移動する2つの物質から見た電磁波の相対速度は、秒速30万キロで不変であると考えたのです。これで、静止していても移動していても、電磁波は同じ時間で物質間を移動します。だから、生じる電磁気力の強さは、物質の移動速度にかかわらず不変となると説明しました。 しかし、幾らなんでも、秒速30万キロの光を秒速15万キロで追いかけても、同速度で光と対面しても、光の速度は秒速30万キロで変らないと言うことは理解出来ません。 そこで次のような思考実験を行います。 電荷を帯びた2つの物質を、一本の剛体の両端に取り付けます。そして、この装置を秒速vキロで移動させます。この2つの物質間を電磁波は往復します。 この時、電磁波の移動距離は、進行方向(横方向)に剛体棒を向けた時静止時の1/(1-v^2/c2)倍、上下左右方向(縦方向)に向けた時静止時の1/√(1-v^2/c^2)倍となります。 一方、秒速vキロで移動する物質は「ローレンツ収縮」し、横方向に√(1-v^2/c^2)倍短くなります。従って、剛体棒の長さは、横方向に√(1-v^2/c^2)倍短くなるので、電磁波の横方向の往復距離は、静止時の1/(1-v^2/c2)×√(1-v^2/c^2)=1/√(1-v^2/c^2)倍と、縦方向の往復距離と同じとなります。 この仕組みにより、マイケルソンとモーレーの実験では、縦方向に往復させた光と横方向に往復させた光とが、同時に戻ることが出来たのです。 従って、秒速vキロで移動する場合、電磁波の往復距離は静止時に比べて1/√(1-v^2/c^2)倍となります。つまり、電磁波の往復時間は、静止時の1/√(1-v^2/c^2)倍となります。 一方、高速で移動すると物質は動き難くなります。この現象は、粒子を加速器で加速する際に見られます。粒子は光速に近づく程、加速し難くなります。秒速vキロで移動すると、静止時の√(1-v^2/c^2)倍しか動けません。従って、時計は1秒間に√(1-v^2/c^2)秒を刻む様になります。 こうして、秒速vキロで移動する慣性系では、電磁波の往復に要する時間は、静止時の1/√(1-v^2/c^2)倍×√(1-v^2/c^2)倍=1倍となります。つまり、電磁波の往復に要する時間は、移動速度に関係なく不変なので、生じる電磁気力の強さも移動速度に影響されず不変なのです。 この様に、現実には往路と復路の光速度は異なりますが、物理学の計算上一々往路と復路の光速度よりそれに掛る時間を計算し、生じる電磁気力の強さを求めることは無駄です。 生じる電磁気力の強さは、電磁波の往復に要する時間の2乗に反比例するのであり、往復に要する時間は不変なのですから、往路と復路共に光速度不変と仮設して計算します。 その様に仮設したのがローレンツ変換 ①t’= (t-Vx/C^2) / √(1-v^2/c^2) ②x’=(x-Vt)/√(1-v^2/c^2) ③y’= y ④z’= z ⑤C’=C です。 物質は質量があるので、上記のとおり高速で移動すると動き難くなりまたローレンツ収縮する為、光速度が不変と測定されます。 x=光の進んだ距離=Ct㎞、t=光の進んだ時間、V=もう一方の光の速度=C㎞/秒を①と②に代入すると x'÷t'=C と光速度不変となります。 この様に、高速で移動すると時計が遅れ定規が収縮するので、V慣性系では時間と空間の座標が変化するのです。決して、時間と空間そのものが変化する訳ではありません。 時間と空間は絶対であり、光速度は物質が変化するので、不変と観測されるだけです。 詳細は、下記のホームページを参照下さい。 http://www.geocities.jp/labyrinth125064/kousokudofuhennnogennri1.html


Q.大乗仏教は啓示により与えられたものか 大乗仏典は釈尊の教えを受け継いで、釈尊の法をより論理的に体系化するために創作されたものだと考えていました。 (なかにはあまり釈尊の教えを受け継いでいないものあるでしょう。) しかし、大乗仏典は時空を超えた仏陀からの啓示であると述べる方がいました。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14160770354 2ページ目、やりとりが非常に長いものです。 当初はある学者(れっきとした教授です)が述べていたとおっしゃっておられました。 学者の意見であれば、公になった論文や出版物があるはずなので、根拠となる文献のご提示を お願いいたしましたが、いまだに提示していただいておりません。 その後は、ヴェーダなど他の宗教で啓示が与えられているのだから仏教も啓示なんだと おっしゃるのみです。 もし大乗仏典が啓示であるという何か証拠のようなものをご存知の方がおられましたらご教示ください。 回答リクエストをさせていただいた方には引き続き、根拠となる文献のご提示をお願いさせていただきます。 回答リクエスト許可ありがとうございます。

A.君に言いたいのは原始仏典も釈尊がなくなってから300年から400年たって紀元前一世紀ごろに漸く口伝から文章化されたものですよ。 その事実をご存知ないのでしょう❗ #増一阿含経にこうある。 釈尊はあるとき三十三天に昇り母親に説法して3ヶ月後に降りてこられた。# #サ―ンカシュヤの地に降りて来た時、真っ先に仏足頂礼しているのは蓮華色比久尼である。# #」釈尊はお前が最初の礼拝者ではない、最初の礼拝者は当地から遠く離れたマガダ国王舎城郊外の霊鷲山にいる須菩提であ る。# #須菩提は釈尊が降りて来られるのを知って釈尊をお迎えしようとするのである。が須菩提は考える。釈尊とは五薀に過ぎず空である。 ならば此処で空なる釈尊を拝すれば良いと思い直しその場で慇懃丁寧に礼拝したのである。 釈尊は須菩提の礼拝こそ真の礼拝であると説法している。# あなたの好きな❓増一阿含経にこうあるが如何か?読まれているのか? #又、道元禅師(ぜんじ)にも大きな影響与えた「能礼所礼性空寂、感応道交難思議」 #とあります。 仏陀釈尊が何を語ったかは断言出来ないとするのが潮流です。 インドの古代ヴェ―ダもウパニシャッドも聖仙により口伝で現されたものです。 法華経にも一心に仏を見んと欲して身命を惜しまず恋慕するものは、慈愛の権化なる仏の麗しき相好をもって、出でて法を説きて聞かすなりと。自信をもって断言している。 大法輪をたまたま見ていて大乗経典は法(仏陀)から啓示を受けて出来上がったものとの学者の見解が書かれているのをみました。 田中木又も法話中にそう語っています。 私もそういう見解です。 知り合いの真言僧も虚空蔵求聞持法を三回修していてこの感を強くされています。 故酒井阿闍梨様も二河白道をありありと体験なさっています。 二河白道は決して作り話しではないのです。 真言宗では無始無終の法身が説法するとしていることは知っていますか。 法身説法が啓示でなくてなんですか? 仏教の知識が余りないようですね。 法華経典にも書いてあります。 宗教が論理で片づくはずがありません。 真言は不思議なり観誦すれば無明を除くはどうなりました? 論理ではないでしょう。 山崎弁栄上人は説法に行くのに何も準備はしない。 全て如来が教えてくれるからとしています。 親鸞聖人も筑波権現と語ることができたのです。 どうもあなたには宗教的センスがないようです。 宗祖、開祖といわれた方の釈尊出世の本懐の結論を信じて彼らの後からついて行くのが仏道です。 あなたの様に我流の見解をもって挑みたいのなら一切経を彼らの様に勉強しなければなりません。 記憶では1873年にスリランカで仏教とキリスト教が討論しています。 それ以来日本の知識人階級では啓示宗教は迷信であり霊魂とかのことをいうのがご法度になっていきます。 私が若い時に京都でお会いし話しを聞いた般若心経を100万遍読んだ小原弘万師は夢想定中にある尊者が(名前は失念)現れ般若心経のサンスクリット発音を教えられています。 英語のth音やr 音の発音の練習の様に舌の位置、唇の形迄何回も丁寧に教えられ後に本当かと確信したくてサンスクリット学者にサンスクリットの発音で般若心経を聞いてもらってその正確さを、保証されています。 小原弘万師から「般若心経100万遍あげて」といった題名の自費出版物を頂きましたが欲しがる人にあげてしまいました。 大陸書房から「密教の念写」として出版され本にも出ています。 彼も間違いなく大乗は三昧定中仏、法と一体しての啓示並びにその口伝で作られたと話されていました。 25年程前に出版された講座大乗仏教の第10巻「インド思想と大乗仏教」には服部正明論文には冒頭次のような一節がある。 「教団における実修は比丘たちは、簡潔な手引き書に従って禅観の実修につとめ、解脱の境地に至ることを求めた。 大乗仏教を担った者たちの中には、こういう実修派の人々が含まれていたと考えられる。 彼らが禅定によって得た体験が、大乗経典に見られる最高実在に関する叙述❗哲学的著作において組織化された学説の根底をなしているのである。❗ 大乗仏教の起源を巡って近年盛んに論じられている二つの論点がここにはすでに明確に提示されている。 すなわち、1伝統的な部派仏教教団の中にあって瞑想(禅観の実修)を重視する者達の中から大乗仏教が起こってきたこと。 2 大乗仏教の教理は瞑想体験(禅定によって得た体験)に基づいてつくりだされたものであること。 さらに2に関してはフラウワルナ―がその仏教哲学1956年初版において、大乗仏教における「最高実在」についての教理は神秘家の体験から生じたものであるという説を早くから唱えているのである。 啓示の疑問に対しての答えです。 ヴェ―ダと同じです。 田中木又があってびっくりした永井尊者の浄土観見記にも浄土ならびに阿弥陀仏の実在が説かれています。 私も小原師に出会いやはりびっくりして仏教に対する考え方が大きく変わりました。


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2017/03/28 Tuesday 11:17:26